9月?号

 

 東京駅からつくばへの直通バスが通っていることは皆さんもご存じであろう。シティボーイ、シティガールである皆さんなら東京駅から秋葉原へ向かうことなどは動作もないことなのであろうが、自分のような田舎者には苦行と言わざるを得ない。きっと地獄のある一層には、慣れていない交通機関を使わないといけない地獄というのもあるかもしれない。そこで東京発つくば行きのバスである。面倒な乗り換えが無いことに加え、TXに乗り継ぐよりもいくらか安いらしい。無論、正確な値段を計算したことはないが。8月の末、肉体的疲労も相まって、私はそのつくば号に乗りながら途方に暮れていた。途方に暮れすぎていて本来降りるべきバス停を乗り過ごしまくり、あろうことか終点である大森林筑波大学のど真ん中に降ろされてしまったのである。どうしてこのような状況になってしまったのか、責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。まあ今回ばかりは私であろう。

 

 

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 高校から社会人にかけて、自分のコミュニティにはある程度似たような人間が集まるものだと思う。無論人間というのは70億人70億色であるから色々な人間が集まっているように感じるとは思う。しかし、ライフステージが進むにつれて、なんとなーく心の奥の魂の背景色くらいは似ている人間が集まってくるものだ。その点中学校というのは、今思えば最後の大きな多様性のバケツであったと同時に、多くの人にとって恥の多い時代であったのではないだろうか。意味不明な動機の喧嘩をしたり、常軌を逸した悪戯をしてしまった人もいるだろう。そういったカオスな環境を過ごした当時の友人達というのは貴重なものである。大学1年のころなんかは、皆浮かれて時間を浪費したり、慣れない環境に憂き身を窶したりしているわけだから、気楽に集まって昔話に花を咲かせたくなるものだった。しかし、人生の進捗はそれぞれ違うわけだから、皆予定が合わなくなったりすることは当然であり、よほど仲の良い友人でもなければ定期的に集まったりしなくなるということは心理的・時間的観点からも明らかであろう。

 

 

 8月の頭に戦いへの召集がかかった。言葉を選ばず言えば、さほど親しくない友人に誘われてわざわざ都内に赴いて莫大なTX税を払い、あまつさえ会話に花が咲かなかったらどうしようかと私は考えた。おそらく己を罵倒しながら暗い後半生を送る羽目になるだろう。しかし、幸運にも今回誘われたのは中学生活という熾烈な戦いを共に生き抜いた戦友たちであり、私は安堵した。そうして安堵ロイドになっていたもの束の間、あっという間に日程が決まり、私はその月末に東京へ赴くことへなったのである。その日が情報セキュリティマネジメントの試験だったことについては、この稿の主旨から逸脱するゆえ、詳しく記述しないことにする。読者も貴重な時間をドブに捨てたくはないだろう。なんとかなった話ほど語るに値しないものはない。

 

 

 今回の集いを主催したのは、かつて悪魔大王とも呼ばれ、中学の3年で転校してきたにもかかわらず、その圧倒的存在感でスクールカーストの上位に立ち、その名を轟かせていた女性である。彼女が襲来し最初に配属されたのは自分のクラスであり、あろうことか最初の席は自分の隣であった。その覇王色溢れるオーラに気圧され、地獄からの使者かと思ったのも無理からぬ話だ。だが、自分は幸運にも意気投合し、彼女と仲が良いというだけで面倒ごとに巻き込まれなかったり、逆に面倒ごとに巻き込まれたりしたものだった。まあ何もしなくたって面倒ごとに巻き込まれるのだから、自分にとっては幸運なことだったのかもしれない。

 そんな悪魔大王だが、今回はビールとよく似た名前の流行り病に今更感染し、来れないということだった。集まったのはその大魔王の周りでよろしくやっていた仲間たちである。ニート彼氏持ち看護師であったり、爆飲みゴリラであったり、会社辞め職探しダンサーであったり、ただ大学に入って10kg太っただけの人間などが集まった。無論一番最後は自分である。東京で飲むということ、彼らと会うのが4,5年ぶりということも相まって最初は気まずかったものの、結局は各々の話で盛り上がった。公務員試験に2浪している彼氏が親の金で車を買っただとか、社不すぎて養われたくて仕方ないだとか、会社で大学の飲み会より飲んでいるだとか、彼らの話はどれも面白かった。面白すぎて自分の話をした覚えはないが、4年付き合っている人がいると言った時に、妙に納得された記憶がある。これは賛辞として受け取っておこうと思う。

 

 

 久しぶりの友人達というバフも重なり、あまり行くことのない二次会へ突入した。彼らとはいつ会えなくなるか分からない。この好機を逃すものか。しかしながら、この言い訳で自分自身を言いくるめられる範囲で豪遊すべきだったとは思う。いや、果たして本当に思っているのだろうか。こうして手のひらを高速回転し、不死鳥の如くメンタルを回復することで私は心の平穏を保ってきた。今更何を後悔することがあるだろうか。毅然とした態度で突き進むほかあるまい。ただ、いささか見るに耐えない。

 

 

 失念していたことといえば、彼らはとうの昔から社会人であり、最長で既に3年働いていることと、そこが東京だったことである。勿論そこまで高い居酒屋に行ったわけではないが、普段行かない二軒目、〆のラーメン、挙句の果てにはタクシーで東京に住む友人の家に行って泊まらせてもらう始末であった。ありていに言えば「ついていって」しまったのである。代わりに友人宅で有り得ない量の漫画を読み、膨大な知識を仕入れたのはまた別の話である。しかしまだまだ浪費の波は止まらない。スノーマンだか何だかのオタクである看護師が翌日横浜の赤レンガに行こうと言い出し、自称かつ他称オタクにやさしいギャルである私は彼女に連れられ、昼間から酒とタイ料理を食べたのであった。ちなみに彼女の推しとタイ料理に関する因果関係についてはあまりに難解であったため、説明することは避けたい。文字通り地獄のような日射に耐え切れず意味不明にも帽子をその場で購入したりしたが、ともかく料理と飯は旨かったし、面白い話もできたのでよしとする。

 

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 帰りのバスの中で彼らとの会話や宴会の余韻に浸りながら、私はふと自分が来月用に残していた(わけでもないが)軍資金のほとんどを使い切ってしまったことに気が付いた。加えて8月はつくばにいた時間が短く、当然バイトも比較的入れていない。その時点で、向こう3か月は霞を食い糊口を凌ぐ必要があることが確定したのである。私は絶望した。正確には1秒間だけ絶望し、次の瞬間にはどう生きるかを考えていた。

 

 

 千葉という男がいる。性格も生活習慣も私とは真逆の男であるが、魂の形くらいは大体同じだろうという奥底での親近感を感じる奴である。今回は、いや今回も私は彼に協力を仰ぐことにした。手始めに買い物に連れて行ってもらった。そこは大量安買いを売りにしている会員制のスーパー(?)であるが、まずここで鶏肉のひき肉です!を2kg購入した。次に通常のスーパーでパスタや野菜などを買いあさり、これを一週間分の食料とした。理論上、3日を2000円で過ごすことができれば、私の状況は改善に向かう。この買い物は提示された条件を満たすものであった。嬉しい誤算であるが、思ったよりイケている。まず前提として自分は3食きちっと食べることはないし、ルーティーンの最適化は(ミスの多さは度外視するとして)苦にならないからだ。

 もう一つ千葉に勧められたものとして、読書が挙げられる。皆さんも喧嘩を売ると言えば何offかに行くかと思うが、こちらで100円で安売りされている本を何冊か買って読むというのが、彼の金策らしかった。勘の良い読者ならお気づきであろうが、この奇怪な文体も先日読み終えた小説に少しばかり影響されたからである。いつ飽きるかはわからないが、単価は100円であるし、もともと活字を読むのは苦ではない。まさに彼が私の救世主だということはだれの目にも明らかであろう。

 

 

 私が節約節約節約と悪夢のように呻いて回っていると、やれ野菜を恵んでくれる人がいたり、冷麺を送ってくれる方がおわしましたり、paypayを送ってくれるネットの友人もいたりした。実にありがたいことである。プライドは無いのかと言われそうな有様だが、プライドで腹が膨れるなら私も誇り高く振る舞うことはやぶさかではないだろう。当面の目標は、来る内定式に向け、アマゾンの奥地の森林のように伸びきった髪を切るための資金を得ることである。こちらについては合格者面接撮影とかいう怪しげなバイトによる臨時収入で凌げるのではないかと考えている。

 皆様におかれましては、今しばらく私の茶番仙人生活にお付き合いいただきたい。